憲法いまみらい

第3回憲法 私はこう考える

精神科医、立教大学現代心理学部映像身体学科教授

香山 リカさん

憲法を知るきっかけは
いつ頃、どんなこと
からですか?

学校で折りにふれ聞かされていた憲法

私自身は子ども時代、まだ戦争体験をされた先生が多くいましたから、小学校や中学校で、折にふれて憲法が制定されたときの話を聞くことがありました。当時はそんなにくわしく憲法の中身までは知りませんでしたが、この憲法によって日本は戦争をしないと決めたんだとか、私たち一人ひとりの人権が大切にされているんだとか、「国民主権」で私たちこそが主役なんだとか、憲法に謳われている理念を、雑談のなかでも話してくれたことをよく覚えています。それから少し時間が経ち、受験勉強などでそれぞれの条文も読み、確認するなかで、日本国憲法はあのとき聞いていたとおりのものなんだなと実感しました。

もちろん社会のセーフティーネットは生活保護であるとか、さまざまな福祉の制度があってこそですが、人間として生きるためのセーフティーネットは憲法なんだと思いましたし、いまでもその思いは変わりません。その後、20代から30代までは、日本には憲法というひとつの最終回答があるんだと思っていましたから、逆にこの憲法のことをあまり深く考えることはありませんでした。

改憲すべきだと思ったこと
はありましたか?

説得力を感じなかった改憲論

その後、30代の後半になって改憲論議が出てくるにつけ、憲法って変えなければいけないもの? という疑問から、再び憲法をじっくり読み、考えるようになりました。1990年代は、バブルが弾け、1995年には阪神淡路大震災やオウム事件が起こり、大手金融機関の破たんや倒産など、それまで安心で安全で豊かな国だと思っていた日本が大きく揺らぎ、社会的不安から心のバランスを崩す人が増えた時代です。1997年には自殺者が3万人を超えました。そのような時代背景もあり、何かをリセットしたい、と若い憲法学者などからも改憲を唱える人たちが現れました。いまの時代に合わないとか、そもそも押しつけ憲法であるとか、国際的な基準からもおかしいとか……。

しかし、これさえ変えればいまの暗い空気や状況が一新できるという論調には疑問を持ちました。精神科医の私から見ると、憲法を変えたいというよりも、変えることじたいがひとつのシンボルになっていて、変えればいまの状況を打破できるという、心理学で言うところの「置き換え」が行われているのだと感じたのです。改憲を唱える人の本などを読んでも、なるほどそれなら変えるべきだという説得力のあるものは、もちろん私が読んだものに限ってですが、ひとつもなかったですね。改憲によってもたらされるとされるメリットもなんらエビデンスのない、それは見込み違いでしょう、と思わざるを得ないものでした。

憲法のみらいは
どうあるべきでしょう?

軍事力での平和維持は時代錯誤

もちろん、よりよい方向に憲法を変えていくというのであればいいと思います。LGBTの問題や国民による国会開催要求をおり込む。そういう意味では、私自身は「消極的護憲派」でしょうか。でも、いまの政権は変えることじたいが目的化しているように思います。自民党草案を見ても、自衛隊という言葉を入れることや、家族は社会の基本的単位であるとか……、およそ自由度を抑える方向というか、基本的人権さえも損なわれてしまうようなものです。口ではなにも変わらないといっても信用できません。自衛隊については災害救助などの際には、誰もが有難く感じているでしょう。一方、軍事的な力を持っているのも事実です。

それを見て見ぬふりをしていると言われればそうかもしれませんが、いまの社会では十分、折り合いがついています。だからと言って、それに合わせて憲法を変えるべきだというのは詭弁だと感じます。核や軍事力をもって戦争の抑止力にしていくという考え方は時代錯誤な方向だと思います。国際政治や軍事にはそれほど明るくはありませんが、これからはそうではない方法で平和をめざしていくべきでしょう。

いま、憲法は
変えるべき時なのか?
そうではないのか?

憲法はまだ活かしきれていない

いま、国内には解決しなければいけない問題が山積しています。学生も大人たちも視野が狭くなって憲法のことを考えないのはどうかと思いますが、もしかしたらそれどころではないという方が正しいのかもしれません。日々の生活に精一杯で憲法のことなど考えている余裕がない。それはある意味で正しいこと。

私もいま憲法を変える場合ですか? という気持ちにもなります。「憲法を変えても私たちの生活は変わらない」と言っているものを、いま、敢えて変える必要があるのか?

私は、いま急いで憲法を変えるべきではないと思います。むしろ憲法を活かしきれていないという思いの方が強くあります。この憲法に書かれていることをもう一度吟味して、きちんと活かすことがまず先でしょう。

香山 リカさんの活動をもっと知りたい方は、
香山リカ オフィシャルウェブサイト(http://www.caravan.to/)をご覧ください。